金澤散歩 鶴丸散歩


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初冬のような薄寒い日が続いていますが、今日の金沢は清々しい晩秋の光にあふれていました。秋麗の日差しに誘われて、久しぶりに金沢城内を歩いてみました。

緊急事態宣言やまん延防止等重点措置などが解除されて、金沢の町中には連れだって歩く修学旅行生の姿や観光客の姿もわずかながら見られるようになりました。それでも夕方の城内を歩く人は、やはり多くはありませんでした。

金沢に半世紀以上住み慣れて、金沢城の城内で過ごした時間も相当あったはずですが、「鶴丸倉庫」に入ったことはありませんでした。たまたま、今日は「公開中」の表示があったので、迷わず入場してみました。

江戸後期に武具を収蔵する土蔵として建てられ、明治期に「鶴丸倉庫」と呼ばれるようになったという日本最大級の無骨な外観の城郭内土蔵ですが、内部は張り替えられた床の明るい木質と数多く取り付けらた蛍光灯の明るい照明のせいなのか、意外に古さは感じられませんでした。

閉館時間が迫っていると告げられながらも、土蔵に入ってみると、子供の頃に、「悪いことをしたら、土蔵に入れるぞ」と叱られたことを思い出しました。そして、鶴丸倉庫の内部では、昔感じた「古い土蔵の匂い」がほのかに感じられました。

屋根は、漆喰で塗り固めた外壁と屋根の上に、さらに瓦屋根を載せたような構造です。これを「桟瓦葺きの鞘組屋根」というのだと初めてを知りました。
以前から、金沢の民家の屋根は黒瓦が多く、それが金沢という町の特徴のように言われます。しかし、それは昭和30年代以降のことです。以前の金沢の民家の屋根は、石置き板葺きの「石置き屋根」と言われる小さな薄い木片を重ねて並べた上に、両手で持てる程度の大きさの石を等間隔にならべて木片を押さえるような構造になっていました。お城にはそんな建物はなかったと思いますが、町家の多くは瓦葺きではなかったはずです。その頃から民家の土蔵も瓦葺きで堅牢な造作になっていました。「倉庫」というと荷物を入れる建物で、「土蔵」というと大切な物を収蔵するイメージがあります。やはり、「鶴丸倉庫」は明治からの名称で、本名は金沢城「土蔵」が相応しいように思いました。

石川橋を渡り、紺屋坂を下りてくると多くの蕾をふくらませた金木犀が、心地よいかをりを漂わせていました。

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